【解説・考察】伊藤計劃『ハーモニー』が描くユートピアの倫理と個の崩壊──やさしさが支配する未来社会とは
プロローグ:優しさが支配する世界で、“わたし”は自由か 静かな図書館で『ハーモニー』を読み返すと、あのザラついた違和感が戻ってくる。「健康と倫理」が完璧に統治する社会は、一見ユートピアに見えるが、その根底には“個”の消滅、“痛み”の排除、“死”の無化がある。 夏の午後の光が、古い木の床に静かに広がる。そんな場所で、僕は伊藤計劃の『ハーモニー』を再び手に取った。ページの隙間から、まるで乾いた風が吹き抜けるか…